少年サッカーを勉強中、時々雑記

少年サッカー考察、時々雑記をポロポロと

スポーツ少年•少女のメンタル面についての考察

※大袈裟な題名を記してはいるが、少年少女へのコーチング経験など微塵もない、ただのサッカー少年保護者による、誰のためでもない自分のための備忘録として、決意としての戯言を、吐く場所もなくらやむを得ずこちらに残すものです。特定の団体や人物のことを指しているものではなく、観戦時に見かける光景から感じるものを記します。また、何かの提言だとか大それたものでもありませんし、敵意や悪意もありません。題名から望まれてる文章にはなっていない可能性が多大にございます。予めご了承ください。

 

まず、サッカーに限らず、あらゆるスポーツに参加する子供たちのメンタル面について考えることから始めよう。サッカー、野球、バレーボール、ラグビーなどの球技から、柔道や剣道、空手などの武道系からボクシングなどの格闘技、陸上のトラック競技、水泳に至るまでたくさんの種類の『スポーツ』として競技がある。敢えて『スポーツ』と強調させて頂きたい。色々な状況、環境、パターンがあるが、多くは小学生時代から各自の好む競技に『スポーツ』として参加している。何の為に?恐らくは殆どが、特殊な環境を除いて『好きだから』やっている。『好き』だから始めて、楽しいから続ける。敢えて『好き』も強調したい。保護者が同じ競技をやっていて半ば強制的に競技者として競技に参加させる、などの特殊な状況、環境を除いて、TVで見て楽しそうだから、やってみたら楽しかったから、練習したらできることが増えたから、気の合う仲間と同じ競技、同じチームで一緒に頑張ることが楽しいから『スポーツ』をやっている。時間を割いている。友達とゲームをやる時間、漫画を読む時間、小学生など何をしても、何に時間を使おうが自由だ。少年少女は何をもってそれを選んでいるのか?答えも様々で、参加した理由にもよるはずではあるが、多くは『好きだからやっている』と答えるのではないだろうか?コーチでも指導者でもない私がどうこうできるものでも理解できることでもないとは思うが。怒る。叱る。指導する。全部一緒になってしまってないですか?と、ふと観戦時に思うことがある。スポーツ少年少女はまだ子供だ。教えたことがすぐにできない子、できるまで時間がかかる子、用語やルールすら知らない子、怒られると余計に萎縮してしまう子、様々な性格と性質の子がいて、その子供達の数と同一の数の心があって、押し並べてそう強い心ではないはずである。だって、子供なんだから。甘やかすことが良いこととは微塵も思わないが、怒鳴ることが良いともまったく思えず。なんでそうなるの?という光景を幾度となく見ている。お灸を据えようとしているのか分からないが、子供の心が焼け焦げてしまっているのではないかと。もちろん、怒鳴られて急に動きが良くなる子もいる。恐らくは元々メンタルが強く、言われてもあまり気にしないだとか、慣れでコーチまた言ってるよと流していたりだとか、そんな子も一部はいるだろう。例えばチーム競技だとどうだろうか?試合中にコーチががなり立てる光景を見ることもある。選手達にはどんな影響があるのだろうか。見た目、ほとんどの選手は萎縮している。やれやれ顔が一部。なにクソと頑張り始めるのが一部。恥ずかしそうにしている子もいる。言われてるターゲットとなっている子はもしかしたら強く言われることでスイッチが入る子なのかもしれない。しかしチーム競技ではチームを構成する、その競技に必要な人数分、『その子以外の子』がいるのである。ある子は、あいつが頑張り出したから俺も私も頑張ろうと思うかもしれない。しかし、大部分は次は自分かもしれない。俺じゃなくて良かった。私もやらなきゃ怒られる。心の中はそんな風に怯えながらプレーしている選手もいるのではないだろうか?

 

コーチ陣からすれば、普段の練習で根気よく教えてるのになんでできないの?なんでやらないの?根幹にはそんな想いもあって苛立ちから出てる声なのかもしれない。だが、それにより動かされた子供達が、仮に勝利を手にしても、身になるだろうか?怯えながらやらされたプレーに意義はあるか?その上で試合に負けた時に、誰々がサボったから、誰々がやらないから、お前のせいで負けた。スポーツ以前の声が聞こえてくることもある。子供達の夢ややる気や楽しみを奪う行為が許されるのだろうか?嫌いになったら辞めちゃうんだよ?

 

コーチ目線では自分が経験してきたことを、子供達にしているのかもしれない。むしろ、自分では熱い指導をしていると思っているのかもしれない。そんなつもりもないのかもしれないし、戦略的なものかもしれない。チーム内の全員が怒鳴ればプレーが良くなると思っているのかもしれない。スポーツ界は不思議でシビアな空間だと感じている。仮にあれがおかしいこれがおかしいと保護者が指摘した場合には子供達に害が及ぶ可能性があり触れにくいということも一因だろう。SNSなどで拝見する限りはやはり、チームに色々思うところがある方が結構いらっしゃるのではないかなと感じるが、小学生はなかなか適正な判断でチームは選べないし、送迎や月額費用のこともある。ましてや一定期間共に練習し戦ってきたチームメイトのこともとても簡単に離れられない要因ともなる。反面、少年団やクラブチーム問わず、少子化に加えてこの不景気なのだからいち早く勝てるチーム、強いチーム、優秀な選手の輩出、翌年度の加入選手の増加などを考えないと運営もできなくなることもよく分かる。チームを強くして結果を出し続けることが必要になるからだ。しかし、習い事というものは、仮に収入が減少した家庭では辞めるという判断も割と早く選択肢としてあがるだろう。要するに切られやすい支出の部類に入っているのだから常に運営は安定はしないのだろう。そこから発生する焦りなどもあるはずだ。だがしかし…

 

指導とはなんだろう?進む方向を指し示し、導いていくものではないのだろうか?子供達を強い口調で動かすことは指導ではない。操作だ。必ずプロになれるよう保障しますといったものであれば別ではあるが、大半はそうではないのだから。メンタルが鍛えられるともよく言われるが、メンタルを鍛えるのは試合に夢中になり、真剣に勝負を挑み、勝てば喜びを知り、負けて悔しさを知る。メンタルとはその過程で培い、鍛えれば良いものであるはずだ。

 

少年少女が健やかにスポーツを楽しめる環境が広がることを願いたい。親として保護者としては、できることを、できるだけやろう。子供達の『好き』を応援しよう。苛立つことも多くあるだろう。だが、試合を撮影して粗探しをしてダメ出しをすることに意味はあるだろうか?親の介入で辞めたいなんて言い出さないだろうか?うまくいかない日も一つできた事を褒めてあげる。失敗しても、やろうとした事を褒めてあげる。何か叱責されて帰ってきたのなら、一緒に考えて自分で答えを出させてあげれば良い。

 

練習に行きたくないと思わせないように、試合にはわくわくした気持ちで望んで欲しい。楽しみの先で夢中になり、本気になり、一生懸命になにかに打ち込むことを知るのだから。

 

親としての、保護者としてのもどかしさには蓋をしよう。任せると選んだチームならば任せよう。落ち込んでいるのなら励まそう。子供の1番のサポーターでいよう。ここのところは私はそう考えるようにしています。思うことが多すぎてまとまりのない圧倒的な主観による乱雑な文面になってしまいましたが、メンタルケアの勉強も始めようと思っておりますので、そのお話もまた別の機会で。

 

もちろん、素敵なコーチ、監督も沢山見ています。こんな雰囲気のチームは素敵だなあ、と。ただ、時々見かけるなんだかなぁな光景が最近増加しているような気がして。

 

 

 

 

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